遊園地のような
店舗を作るために、
伝統店も、遠慮なく変えていく。
「人」を愛する情熱の支配人。
岡本 優2001年入社 新宿ライオン会館 支配人
学生時代にアルバイトしていた池袋西口店からキャリアを開始。2003年より大阪、京都、福岡の店舗を歴任し、関東とは異なる文化風土の中で奮闘。2016年から新宿ライオン会館全体の支配人を務める。

不振店の前に1日中立ち、人の流れを観察。

私が目指しているのは、スタッフが楽しく働き、お客様に心から楽しんでもらえる、遊園地のような店舗です。今も毎日のように試行錯誤を重ね、夢を追いかけています。
2006年に初の店長として赴任した京都四条烏丸店は、業績不振が長く続いていました。上司から「新しい店舗を作るつもりで、好きにやっていい」と送り出されましたが、当時20代半ばの私には理論もノウハウもありません。なぜお客様が入らないのかを知るために、私は始発から終電まで店舗前に立ち、人々の動きを観察しました。
わかったのは、想像以上に多種多様な人が通ること。そして、半地下になった店舗の存在に、ほとんどの人が気づかずに通り過ぎて行くことでした。

「恵比寿様」をフル活用して、ブランドを広める。

「銀座ライオン」というブランドは関西では馴染みが薄く、「まずは存在を知っていただこう」と、チラシ配りやネット広告に力を入れました。店頭ディスプレイも季節や曜日、時間帯ごとに変更し、人目に付くようにしました。
そして宴会の飲み放題に、原価の高いヱビスビールを加えました。「前例がない」と反対されましたが、恵比寿様は関西で「えべっさん」として親しまれており、当店の“顔”に最適だと考えたのです。スタッフの気持ちも立て直し、半年後には黒字化を達成。後に全社表彰を受ける優良店となりました。
しかし、自分のやり方を過信した私は、次に赴任した福岡の店舗でスタッフと衝突。チーム作りの難しさと重要性を痛感しました。

戦術は店長が、戦略は支配人が責任を持つ。

80年の歴史を持つ新宿ライオン会館に赴任した際も、私はまず「変える」ことから始めました。若手女性社員を担当に任命し、入口周りのディスプレイを「お客様に呼びかけるもの」に変更。彼女が楽しそうに取り組む姿を見た他のスタッフの意識が、自然と店頭=お客様へと向かうようになり、売上も大きく改善しました。
何でも自分でやりたい私にとって、「人に任せ、育てること」は大きな課題です。この会館は地下1階から6階まで異なる店舗が入り、それぞれに店長がいます。各店舗の戦術は彼らに任せ、私は全体の戦略担当に徹するように心がけています。
各店舗が独自の個性で輝き、会館全体が遊園地のような楽しさを持つ。そんな日を目指しています。